CEDEC2017 「開発スタッフから学ぶ『BotW』の設計」(2017年11月号より)

ゲーム開発者向けにさまざまな講演が行われるCEDEC。2017年は『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(以下『BotW』)の講演があり、その開発の凄さが話題になりました。

『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』におけるフィールドレベルデザイン ~ハイラルの大地ができるまで~


ここでは、行われた8つのセッションの中から、上記を詳しくレポート。登壇者は、長らく『ゼルダ』シリーズを制作してきた藤林秀麿さん(ディレクター、写真左)と、主に『マリオ』シリーズに関わってきた米津真さん(シニアリードアーティスト)。初のオープンエアーに挑戦した『BotW』のフィールドを、どのように面白く仕上げたのかが語られました!

・記事は修正している箇所もありますが、基本は掲載時と同じものになります。
・ネタバレも含んでいる場合があります。

「塔だけではダメだった」強制のない導線のために発明された引力とは

「『BotW』では当初から、ユーザーがどこに行き何をするか自由なゲームにしたいという思いがあり、進行方向をできる限り強要しないつくりにしていました。しかしゲームの進行においては、ときどきのポイントでその行動をコントロールしたい場合もありました」
最初にマイクを握ったのは藤林さん。オープンエアーという自由度の高いフィールドで、いかにしてプレイヤーの誘導を行ったかが語られました。
「まず思いついたのは、“点と線”による導線。“点”は、例えば“塔(シーカータワー)”などがそうです」
“塔”は本作でも大きな目標到達地点の一つ。高くて目立つのはもちろん、登ることで周辺マップが手に入り、ワープポイントにもなります。ゲーム中でも屈指のお得な場所は、やはり制作でも一つの中心ポイントになっていたのか…と感心した直後で、驚きの言葉が。
「しかし、これはダメでした」
“ダメ”の理由は、『BotW』の初期のテストプレイでの結果でした。テストプレイでは、数百人のテストプレイヤー全員が、ゲームクリアまでにたどった足跡データを取得。すべての足跡を重ね、通った人数が多くなるにつれて足跡を黒、青、オレンジと徐々に明るく色分けする、いわゆる「ヒートマップ」が作成されたのです。
すると、マップ上をカッチリ道に沿って歩く8割のプレイヤー、フィールドを無秩序にばらばらと彷徨って歩く残り2割のプレイヤーと、その行動パターンは二極化してしまいました。
「誘導には成功したので失敗とまでは言えませんが、モニター結果はかんばしくなく、街道沿いに歩いた人たちからは“やらされている感が強い”とか、“一本道感が否めない”という感想でしたし、運よくゲームイベントに遭遇した人は“面白かった”という意見になり、運悪くイベント類にまったく遭遇しない人からは“何もなくて退屈だった”という評価でした。人によって、体験が悪い意味でバラバラになってしまいました」

▲『BotW』の追加コンテンツで見られる足跡機能。これに似たような形でテストプレイヤーの足跡データを取得した、モニターテストの様子が紹介された

理想形は、方向性・指針はある程度存在しつつも強制感のない導線。言葉にするのは簡単ですが、この答えを出すまで長い間悩み、なんだか「水の上を歩く方法」みたいで答えはあるのかな? と、完全に壁にぶつかっていた時期もあったそうです。
しかしその結果、導き出された答えが引力で誘導する」という手法。
「辞書によると“引力”とは“物質が互いに引っ張り合う力”だそうですが、いまは光に吸い寄せられる昆虫をイメージしてください。まぶしい光に引っ張られるように、プレイヤーが能動的につい惹かれてしまう“お得な場所”で誘導をデザインできれば、今回目指すコンセプトの実現には非常に具合がよさそうだと思ったわけです」
こうして“塔”以外のさまざまな“お得な場所=引力を発する場所”が整えられていきます。まず“馬宿”は、当初から野生で捕まえた馬を自分の馬として登録できる場所でしたが、宿泊施設や情報交換、買い物などの機能が充実。次に、クリアすることでハートや体力ゲージの上限がアップする元となるアイテムが得られる“祠”は、昼間でも目立つ色やサイズをもたせて“引力”が強化されました。またプレイヤー自ら盗賊のように乗り込みアイテムを奪える“敵基地”や、下に人がいることを予感させる“狼煙”、遠目にはただの岩に見えても近づくことで何かの形をしているのがわかるという特殊なロケーションなど、さまざまなタイプの場所が生み出されていったのです。またこれらは、ちゃんと目に入るよう“塔”の周りを囲うように配置されていたというのも注目。“塔”に着けば、周囲を見下ろして何があるかを探り、気になるポイントまで自由に滑空していけます。

▲たとえば、遠目にはただの岩でも、近づくことでドラゴンの形をしていることがわかる

ロケーションがもつ“引力”の強さは、プレイヤーによっても異なります。「あれは何?」と好奇心を求めれば、まだ見たこともなかった構造物や地形に足を運び、「早く強くなりたい」とアイテムを求めれば、 “敵基地”や“祠”に向かいます。また、ゲームの中で昼や夜と時間が経過すると、ものの見え方に差が出、やはり“引力”が変化。そのときどきのプレイヤーの自由意思でさまざまなロケーションを行き来すれば勝手にゲームも回る、連鎖的な“遊びの無限機関”を生み出せたのです。

▲同じ景色でも、昼と夜の見え方の差でロケーションがもつ「引力」は変わる

“引力”をもつのは、目に入るロケーションばかりではありません。森など、何があるのか遠目には見えない場所や、崖など何もなさそうな場所ももちます。森にはキノコや薬草などの食材アイテムがあり、崖には宝石などが手に入る鉱石を予感させます。こうした“見えない引力ロケーション”も、マップ上でうまく計算されながら配置されていったのです。なお本作で道端の草を刈ってもルピーやハートなどお馴染みのアイテムが出現しないのも、これらの“引力ロケーション”を際立たせるための措置。本シリーズのプレイヤーも戸惑うようなこの変更点も、今作の遊びを最大限に発揮するための大きな変革だったのですね。
「ですが、実は、これだけではまだまだ道半ば。もう半分は、具体的な地形による誘導の工夫が必要でした。そのあたりの詳細を、米津と交代してお話しさせていただきます」

実質不可能な全方向からのルート計算を可能にした、地形による誘導法

「『BotW』は、オープンワールド型のゲームですので、全方向からの侵入ルートを考えないといけません。ですが、全ルートを計算して配置するのは実質不可能です」
米津さんが解説したのは、この不可能を可能にした、図形の組み合わせによるフィールド設計です。実は『BotW』のフィールドは、三角形の構造をベースにつくっていたそう。そこで会場のスライドに表示されたのは、ゲーム画面の小さな丘です。その丘にくっきりと三角形の図形が重ねられています。この三角形の構造の役割は、以下の3つ。
1.左右に迂回する、登坂するといった分岐ルートとしての役割
2.遮蔽物を徐々に視界に入れる
3.先端への視線誘導
ゲームに登場する大小さまざまな山や丘は、1の分岐ルートとしてはもちろん、誘導させて頂上でアイテムなどを与える3にも役立てられています。「何があるかな」と思って登ってみると、宝箱があった、コログが隠れていたなどの発見をプレイヤーに与えます。ときにはミスリードを狙い、せっかく登ったのに何もなくてガッカリさせることも。
また、先のフィールドにある目的地を隠して徐々に見せるという2の役割の具体例として、とある平原を走る動画がスライドに映し出されます。画面の左側を覆っている山を右の方へ迂回していくと、山の頂上から徐々に徐々に“塔”が姿を現しました。また別の、雪山を登る映像では、山の頂上に近づくにつれてニョキニョキと生えるように“塔”が見え始めます。目的地が突然現れるのではなく、徐々に見えていくことでワクワク感が高まります

▲フィールド散策中、「引力」をもつものがどのように見え隠れするのか。その調整が面白さを引き出した

三角形は、サイズによっても役割が変わります。大きなサイズのものはランドマークとして、中くらいのものは遮蔽や分岐として、小さなものはキー入力を促して遊び応えを生むテンポとして。このほか、背景にアイテムやモンスターを隠して急な出現を驚かせる四角形や、三角形と同じく視線を先端に誘導する台形などバリエーションもありますが、フィールドを上から見た映像では、ほとんどが三角形で構成されていることがわかります。これをセッションでは“フィールド三角形の法則”と呼ばれていました。
「大・中・小の順に数を多く図形をフィールド上に配置することで、どこからどういうルートを通っても、必ず遠くの大きい三角形と、近くの小さい三角形が画面内に同居しているという構造を成り立たせることができます」
また、セッションでは開発途中と完成後で同じ道がどう変わったのか違いを紹介する映像も公開。まず開発途中では、デバッグ移動は使わず実際のプレイでリンクを走らせてみることで、「“塔”がずっと見え続けていてつまらない」などの問題点を浮き彫りにします。完成後の映像では、画面の手前へ新たに崖などが追加され、 “塔”がうまく見え隠れするような映像に変わっていました。
地形以外にも工夫はさまざま。道の端に捨てられた馬車などのギミックを置き、アイテムが落ちていないかプレイヤーに探させたり、水の中に怪しい水草のリングを設置し、そこに飛び込むことで隠れたコログを見つけることができたり。こうしたキー入力を促すのはもちろん、歩く足音も地面によって細かく分け(例えば草原ならガサガサ、水面ならバシャバシャ)、遊び応えを与える工夫を施したのだそうです。

フィールド設計に必要なものさしは、現実世界の京都から得た!?

再びマイクが藤林さんに戻ります。
アイデアを詰め込むばかりがデザインではありません。ここからは、フィールド設計を進める上で必要になったという、“3つのものさし”について触れられました。
1.距離感
2.密度感
3.尺感
「フィールド設計を始めるに際し、まず自分の脳内にこの3つの感覚の基礎となる“ものさし”をしっかり持っておかないと始まらないだろうと思い、当時いろいろな試みを行ってきました」
まず“距離感”については、かつてニンドリの取材でも語られた通り、京都地図を使用。単に脳内で置き換えてというのではなく、実際のゲーム画面にペタッとグーグルマップを貼り、その上でリンクを走らせていたというのだから、やることが大胆です。
続いて“密度感”については、例えば1km×1kmの狭い範囲でどれくらいの数のアイテムがあればいいのか、100、200、300など実際に置いてみて検証する方法が一つ。さらにもう一つは、現実世界のコンビニや郵便ポストの数などを設定し、日常感覚に置き換えて遭遇率のイメージをつくっていったそう。簡単なようで、なかなか思いつけない発想に仰天です。
“祠”もその密度感のイメージで設定し、当初は116個と設定していたのが、最終的には120個とほぼ変わりない数で仕上がったという点も、いかにその密度感の“ものさし”が有効に機能したかということを物語っています。
3つ目の“尺感”は、1つのダンジョン攻略にかかる時間、ミニゲームの時間など、時間の感覚。これを身につけるためにどんな方法を取られたのかが映像として紹介されると、会場からはどよめきが上がりました。なんと、そこには3Dでモデリングされた姫路城の中を走るリンクの姿が映っていたのです。和風の城を攻めるリンクのシュールさもさることながら、京都の中に姫路城!
「私自身も日本のお城が好きなので、こうして城攻めにかかる時間がどれくらいかとか、石垣を登ったりとか、ロマンがある絵をみて悦に入ってみたりとか、そんなことをしていましたね」

大人数でのフィールド作成運営

設計図としてスタッフ全員と共有することで、大人数の制作ながらもブレのない進行で一つのゲームがつくられていったのです。
最後は、大人数でフィールドを作成していく上での作業効率化についてが語られました。技術寄りの話ながら、いちゲームプレイヤーとして聞いていても驚く話ばかり。例えば情報の見える化のために、ゲームの作業指示や仕様変更点などを、書類ではなく直接ゲーム画面にフキダシとして置くこともその一つ。もう一つが、“フィールドタスクビュー”と呼ばれるフィールド全体を俯瞰して見られるツールです。プランナーの作業範囲、アーティストの作業範囲、またそれぞれが重なる範囲などが明確になったこのツールに情報を置いておくことで、エリアの担当者が変わったり、担当するエリアに変化したりしたときも、すぐに情報を参照。引継ぎの手間がなく、正確かつ高速に情報共有できたそう。また、エリアごとに開発の状況を色分けすることで互いの作業進捗が把握しやすくなり、上長への報告も短時間で行えるなど、いろいろな工夫が盛り込まれていました。
「現場スタッフが横軸で知りうる情報が増え、個人の最適解を見つける近道ができ、作業効率が上がりました。その結果、スタッフがお互いのアイデアを出し合い、さらに面白い遊びが生まれるという相乗効果もありました」
セッションの締めくくりとして、藤林さんからゲーム開発者へ向けてのメッセージが。
「ゲーム開発の現場は生き物のようで、状況により目まぐるしく変化し、開発者には臨機応変さが求めらます。そんな中でも、今回紹介した手法は比較的応用できるかなと思って本日ご紹介しました。今後皆さんのゲーム制作の一助になれば幸いです」
今回のセッションで語られた内容が広がれば、今後他のメーカーから『BotW』を超えるゲームも次々登場するかもしれません。いっぽう、任天堂の世界的タイトルである『ゼルダ』だからこそ生まれた開発力を目の当たりにして、それはまるでゲーム業界へ叩きつけられた新たな挑戦状のようにも感じられるほど。
今作が“オープンエアー”という新しいゲームながら、遊んでみるとやはり『ゼルダ』だと納得できる作品なのは、過去の蓄積を活かし、かつ一歩踏み込んだ制作の現場があったからこそ。そう改めて感じるセッションでした。

▲スクリーンのあるホールで行われた講演。任天堂のブースも展開されていた

▲『BotW』のセッションは好評を博し、どの回も満席に。待機列は屋外にまで伸びた

(取材・文/平原学)

 

他にも! ”ゼルダエディタ”など数々の開発環境を講演

本イベントは、主に開発者や開発者を目指す学生向け。3段階のレベルで、さまざまなテーマが用意されていた。2017年は8月30日~9月1日に開催され、『BotW』関連は下記の通り。図や実際の開発画面などを使用しながら、大量データの実装を可能にした方法を解説し、業界の注目を集めた。

▲ちなみに任天堂ブースでは、Nintendo Switchの開発環境やミドルウェアを紹介。HD振動も体験することができた

任天堂のセッション一覧

難易度 登壇者 セッションテーマ
甘口 藤林 秀麿さん(ディレクター)
米津 真さん(シニアリードアーティスト)
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』におけるフィールドレベルデザイン
~ハイラルの大地ができるまで~
中辛 岡村 祐一郎さん(システムアーキテクト)
尾山 佳之さん(シニアリードアーティスト)
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のプロジェクト運営
~試作から製品までシームレスに!~ ❶
中辛 洲巻 和也さん(パイプラインエンジニア)
澤田 佳之さん(テクニカルアーティスト)
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の遊びと物量を両立するための制作パイプライン・TA事例
中辛 丸子 良太さん(ゲームツール開発担当)
大礒 琢磨さん(QAエンジニア担当)
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』におけるQA
~ゲームの面白さを最大化するツールやデバッグの紹介~
辛口 若井 淑さん(サウンドディレクター)
長田 潤也さん(プログラマー)
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』
~広大で生き生きとした世界を奏でるオープンエアーサウンド~ ❷
辛口 堂田 卓宏さん(テクニカルディレクター)
滝澤 智さん(アートディレクター)
レイヤーで描く『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の世界
~3Dグラフィックスのアートと実装~ ❸
辛口 井上 圭次郎さん(シニアリードアーティスト)
植田 尚さん(VFXプログラム)
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』
~エフェクトは「目指す表現」と「膨大な物量」にどう取り組んだか~ ❹
中辛 北山 茂寿さん(UIプログラム担当)
長谷 隆広さん(UIリードデザイン担当)
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のUIが目指したこと
~世界に溶け込み、かつ印象的なUI表現~

初のオープンエアー制作はこうして実現した!
上記の表のうち、❶~❹のマークをつけたセッションから、部分的にピックアップして紹介。さまざまな手段で磨き込まれた世界を、より堪能しよう!
❶ 大規模チームでの制作を効率化したのは、プロジェクト運用ツール「ゼルダエディタ」! 連携や自動化により、正確で大容量の開発を可能に。その分作り込みに時間をかけることができた。そして、これまでの作り方はまず1つのダンジョンを制作してそれを増やしていくような積み上げ方式だったが、今作は「1.骨組みを作って面白さを確定」「2.正式データをすべて揃える」「3.製品までひたすら磨き上げる」という骨組み方式。1の段階では「作り込んではいけない」と徹底し、過去の作品をフル活用。『ゼルダの伝説 時のオカリナ3D』のコキリの森を置いていたり。ゲルド族長ルージュは『ゼルダの伝説 風のタクト HD』のムールを利用していたという。似てる!?
❷ 音楽についても「アタリマエを見直し」。とはいえ環境音だけでは寂しいので、「寒い場所」「馬快速」などを用意。各曲に優先度をつけ、状況に合わせて優先度の高いものがONになる仕組み。音楽もシームレスに、オープンエアーらしいサウンドを実現した。
❸ 参考にした風景として映されたのは、滝澤さんの実家周辺の景色! 遠くの山はうっすらと見える。シェード(陰影)の調整、フォグ(霧)など1つの画面に多くの効果を重ねることで、美しいだけではない臨場感と、リアルな空気感を表現する「近景・中景・遠景」のレイヤー構造を意識した話があった。
❹ 目指したものは「“和”アニメ調のエフェクト」。さまざまなサンプルを参考にしたなかで、かつて「うごメモ」で描かれた作品も紹介された。加えてロボットアニメなどリアリティあるカッコよさを参考にし、掲げたキーワードは「ひも」。エフェクトのひも感に注目してみて!


<関連リンク>
ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド


(C) 2017 Nintendo

関連記事