『大逆転裁判』“巧ディレクターの出会いのコラム” 第3回「巧さんとマジック」(2015年11月号より)

『逆転裁判』『大逆転裁判』シリーズの生みの親であるカプコンの巧舟さんが、『大逆転裁判』発売時にニンテンドードリーム誌上で連載していたコラム「タクミさんのササヤカな冒險」を再掲載。
巧ディレクターの“出会い”をテーマにした全6回、どうぞお楽しみください。

・記事は修正している箇所もありますが、基本は掲載時と同じものになります。

第1回 巧さんと“物語”
第2回 巧さんと“ホームズ氏”
第4回 巧さんと“ゲーム”
第5回 巧さんと“逆転裁判”
最終回 巧さんと“逆転裁判 その2”


第3回 巧さんと“マジック”

 こんにちは。今回のお題は、マジック…いわゆる「手品」ですね。カプコンに入社するまで、おおむねぼくの少年~学生時代は“ミステリー”で塗りつぶされていたのですが…思い起こせば、その頃を彩る色が、他にもいくつかありました。その濃いめの一色がマジックです。いつから好きになったのか、その“キッカケ”は覚えていないのですが…好きになった“理由”は、ヒトコト…「驚き」の楽しさです。

 「笑い」「感動」「共感」…エンターテインメントには、さまざまな要素がありますが、その中で、ぼくが最も好きなのが「驚き」。ミステリーの面白さも、その核にあるのはやはり「驚き」であり、もはや揺るぎない《性癖》とも言えます。そして…ぼくはどうやら、好きなものは自分でやってみたくなる《性癖》があるようです。

  そんなワケで。大学時代、ぼくは「マジッククラブ」というサークルで4年間、みっちり“手品”に励んでいました。年に2回、サークル主催の発表会でステージに立って、華麗なるトリックの数々を演じていたという…。

 サークルに入ると、まず待ち受けているのは“演目”選び。いわゆる学生マジックには、定番のステージ演目があって…《カード》《ハト》《リング》《四ツ玉》《ゾンビボール》《タンバリン》…後半「なんだそれ?」というのが出てきましたが、説明は省略します。

 さて、演目が決まったら、それぞれの“師匠”について、基本技術や手順、演技を学ぶことになります。夏には合宿があって、大きなカガミの前に立って猛練習、師匠から「消えてない!」なんて怒られて悩んでみたり…今もやってるのかしら。

 この特技は大いに役に立って、就職活動の面接はもちろん、友人たちの結婚式の余興でも重宝されました。中には離婚した不幸な夫婦もあって、もしかしたら、おめでたい席でロープをチョン切るという不吉なマジックをやったせいかな…と自分を責めてみたり。いやしかし、最後にあのロープは元の1本につなげておいたはずなのに…。

 マジックにはもちろん“タネ”があるワケですが、ぼくが好きなのは、カードやコインなど、それ自体にシカケはなくて、手先の技術だけで演じるトリック…いわゆる「スライハンド」と呼ばれるジャンル。言うまでもなく、それなりに練習が必要なのですが…カガミの前で、1つの技法を繰り返し繰り返し無心に練習するのが好きだったという…たぶん“変わった人種”なのだと思います。ちなみに、ぼくのお気に入りの演目は《シンブル》といって、指先に何やら現れたり消えたり…この特技は、2010年に制作した『ゴースト トリック』発売プロモーションで披露したことがあって、今でもインターネットで見ることができます。

『ゴースト トリック』発売時の巧さんの《シンブル》映像(2:41あたり)
 

  さて。ミステリーとマジックに共通する「驚き」…それを支えるのが《トリック》です。事件の真相がアキラカになって、世界が反転するような「驚き」と、ステージの上で、想像を超えたフシギな現象が展開する「驚き」…その構造は、一見、よく似ています。実際、ミステリー作家には、マジックの名手がいらっしゃったりするのですが…しかし。両者には、ひとつ。致命的とも言える、大きな違いがあります。

 マジックは、トリックによって創り出される「驚き」を楽しむもの。ミステリーは、トリックが明かされる瞬間に生まれる「驚き」を楽しむもの…つまり、ミステリーのトリックは、最後に必ず明かされますが、マジックのトリックは、最後まで決して明かされることはない…その存在は、完全に“逆転”の関係にあるのです。ミステリーとマジック…似ているようで、実は本質的に、まったく違う仕組みのエンターテインメントなのだと思います。

 しかし…カプコンに入社して、『逆転裁判』をはじめ、ミステリーの物語を作るようになったとき…とても役に立ったのが、マジックの考え方でした。ステージに演者が登場して一礼してから、演技を終了して退場するまでの一連の流れを“ルーティーン”と呼ぶのですが、そこに含まれる演者の一挙手一投足には、ひとつひとつに意味があって、論理的に構成されています。最初の驚きで観客を引きこむツカミから、最後のクライマックスまで、要所要所にヤマを作りながら盛り上げつつ、その陰で観客の視線を計算してヒミツの“仕込み”をして…あれ。これって、ミステリーのプロットで“伏線”や“手がかり”を配置する考え方と同じじゃないか…ステージで演じる3分間の演技も、不可解な殺人事件が逆転の末に解決する物語も、その作り方は一緒だったのです。

  そういえば。学生時代、ぼくの師匠の口癖はヒトコト「考えろ」でした。基礎技術をいかに工夫して習得するか、教わったルーティーンをいかに工夫して上手く演じるか…それが“考える”ことだと、新入生の頃は解釈していました。そうではないとわかったのは、数年後…オリジナルのルーティーンを構成するようになったとき。新しい技法をどこに入れるか、ヒミツの準備動作をどう隠すか、観客を飽きさせない小ネタは何にするか、拍手をもらうタイミングはどこか、キメとなる現象をどこに配置して、どうつなぐか、演技のテンポは…と、考えることは無数にあり…そこで初めて、先輩たちが代々伝えてきた基本ルーティーンの意味が見えてきて…それからは、マジックの見方も変わりました。考え抜かれたルーティーンには“意図”があり“美しさ”があるもの。そしてそれは、ミステリーのプロットにも言えることですね。

 「考える」ことができるようになるには、時間がかかります。基礎の技術を身につけて、偉大な先人の道をたどって、その下地を「知る」のが先。そこから、なにを、なんのために、どうやって考えるのかが見えてくる…これはマジック、ミステリーにかぎらず、おそらくすべての“道”に通じているのではないかしら…と、多少オトナになった今は、そんなことを感じたりします。

コインにトランプに…と巧さん私物のマジック道具の数々。反射した巧さんが映っているようにも見えるのがゾンビボール。


 

第1回 巧さんと“物語”
第2回 巧さんと“ホームズ氏”
第4回 巧さんと“ゲーム”
第5回 巧さんと“逆転裁判”
最終回 巧さんと“逆転裁判 その2”

 


関連リンク
大逆転裁判 -成歩堂龍ノ介の冒險- 公式サイト
大逆転裁判2-成歩堂龍ノ介の覺悟- 公式サイト
逆転裁判シリーズ 公式サイト


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