『アルスラーン戦記』×『ファイアーエムブレム Echoes』 “ヒロイックファンタジーを語る”(後編)

2018年4月で1周年を迎えた『ファイアーエムブレム Echoes もうひとりの英雄王』のディレクター、開発会社インテリジェントシステムズの草木原俊行さんと、2017年末に小説「アルスラーン戦記」シリーズを書き上げた田中芳樹さん。ゲームと小説、ジャンルは違えど世界を構築されてきたお2人に、「ファンタジー世界」の作り方やその世界で活躍する英雄たちの魅力など、さまざまなことを話していただきました。ニンテンドードリーム2018年5月号で掲載されたものの再録になります。

※田中芳樹事務所にて2018年1月19日に収録

前編はこちら

・ネタバレを含んでいる場合があります。

田中 芳樹さん
1978年「緑の草原に……」で第3回幻影城新人賞を受賞して小説家デビュー。以後さまざまな作品を送り続ける。代表作は「銀河英雄伝説」「アルスラーン戦記」「ヴィクトリアン・ホラー・アドベンチャーシリーズ」等多数。

草木原 俊行さん
インテリジェントシステムズ所属。『ファイアーエムブレム 覚醒』『ファイアーエムブレムif』でアートディレクター、『ファイアーエムブレム Echoes もうひとりの英雄王』でディレクターを務める。

英雄とその仲間たちが歩む物語の基礎の作り方と
真の英雄の資質やキャラクター同士の関係の描き方

ファンタジー作品の物語の成り立ち

── ここからは、ゲームと小説という違いはありますが、ヒロイックファンタジーの作り方や考え方についてさまざまなテーマごとにお話いただけたらと思います。

草木原 ファンタジーって、80年代の後半にブームが起こって、一気にメジャーになったジャンルだと思うんですが、「アルスラーン戦記」が発売されたのはちょうどその直前くらいの時代でしたね。「アルスラーン戦記」は刊行初期には「スペクタクル・ロマン」とうたわれていましたが、ジャンルとしてはファンタジー作品と思って読んでいました。

田中 区分でいうなら、やっぱりファンタジーになると思っています。読者からはあんなものファンタジーじゃないと言われたこともありますけど、現実世界にないものが一つでもあれば、それをファンタジーと呼んでいいんじゃないかなと。そのへんはぬけぬけと考えています。

草木原 では、田中先生の定義のなかでは、ファンタジーと言っていいだろうということですね。多くの場合、ファンタジー作品では物語のキーになるアイテムが登場します。『Echoes もうひとりの英雄王』でも、神の牙から作られた神剣ファルシオン(※13)という伝説の剣が登場します。あとは、ファイアーエムブレムという名前のアイテムも毎回登場しているのですが、これはタイトルごとに毎回違ったものになっています。僕個人の解釈としては、「ファイアーエムブレム」とは、世界中に散らばった登場人物が一つの目標に向かって行動するために集まるためのシンボル、という解釈をしています。同様に、「アルスラーン戦記」の中で物語のキーになるものといえば、宝剣ルクナバード(※14)ですよね。

田中 そうですね。「アルスラーン戦記」は西洋を舞台にした作品ではないですが、物語の根底には西洋の騎士物語があります。なので、ルクナバードの設定はエクスカリバー(※15)の影響は受けています。万能にはしないで、どうしてもそれが必要なときだけ力を発揮するようにしていますが。

※13:「ファルシオン」
『ファイアーエムブレム 暗黒竜と光の剣』主人公マルスが手にする神剣。シリーズの『外伝』及び『Echoes もうひとりの英雄王』、そして『覚醒』にも、竜を倒せる剣として登場する。
※14:「宝剣ルクナバード」
「アルスラーン戦記」に登場。蛇王ザッハークを封印していた、英雄王カイ・ホスローの宝剣。「太陽のかけらを鍛えた」ものといわれ、所持者は英雄王の継承者と認められる。
※15:「エクスカリバー」
イギリスの騎士道物語、「アーサー王伝説」に登場する不思議な力を秘めた剣。石に刺さっておりそれを抜くことができた者が王になると言われていた。

草木原 いずれも、主人公のような、選ばれた者にしか扱えない、といったところも共通点ですね。「アルスラーン戦記」においては、ストーリーも、いわゆる貴種流離譚のようで、少し違っていますね。

田中 ええ。普通、貴種流離譚だと森の中の小屋で育った少年が実は王子様だった、というのが、それこそ物語の発祥から受け継がれているパターンなんですけど、それをひっくり返して、王子様だと思っていたら、実は全然王家の血なんて引いていなかったということにしています。物語としても、王子様が滅ぼされた国を再興したり奪われた国を取り戻すのが王道なんですが、これもその逆をいってやれと思ったんですね。なので、簒奪者や簒奪者の息子がきちんと治めている国に対して、正統な王家の血を引く王子が攻め込んできて騒乱を起こす話にしています。

草木原 物語の王道をみんな逆にされていたんですね。

田中 ですから、事務所のスタッフには、本当はヒルメス(※16)が主人公にならなきゃおかしいでしょう、とよく言われるんです。

※16:「ヒルメス」
「アルスラーン戦記」に登場。パルス王家の血を引く。火事により亡くなったと思われていたがギスカールと手を結びパルス王国を侵攻させた。後に王都エクバターナを奪還し国王を称する。火事によりやけどを負った顔と素性を隠すため銀仮面をつけている。(イラスト・丹野忍)

草木原 事務所のスタッフの方がおっしゃることもよくわかります。1980年代のころはやはり血統が正しいというような風潮が強く、アルスラーンのような立場の主人公は本当に珍しかった、というより、ほぼいなかったように思います。そんな中、王様という立場は血統ではなく資質であるという前提の下で、最終的に宝剣ルクナバードに認められたアルスラーンは、主人公として物語の中で存在感を放っていたと感じていました。

田中 ありがとうございます。

草木原 『ファイアーエムブレム』シリーズにおいては、血統というのは物語の比重としては高めになっています。王家の血そのものに特別な力が宿っていて、主人公にしかできないことの理由付けになっている場合が多いんです。ただ、王家の血だから偉い、とはならずに、主人公は自分が他の人間よりも多くの責任を負っていることに自覚的だったり、悩みを抱えながら進んでいきます。『Echoes もうひとりの英雄王』の場合も、基本は貴種流離譚のフォーマットに乗っかっていて、とある村で村人として育てられた王子が仲間を集めながら旅をする中で、最終的に伝説的な剣を手に入れて事件の根源を倒して解決するという流れになっています。主人公が剣に所有者として認められるというイベントは、ひとつのクライマックスであり、象徴的に王として認められる瞬間を描いているように思っていて、重要なシーンだと考えています。

田中 やっぱり、ちょっと人間を超越した存在が、必要になってくるんですよね。

草木原 はい。ストーリーの中で超越的な存在に助けられることもありますが、基本は人間である主人公が頑張っていく形になっています。僕が意識していたことに、ゲームの主人公というのはゲームをするプレイヤーの分身になる存在なので、プレイヤーと気持ちが離れすぎないようにするというものがあります。例えば、主人公がプレイヤーが考えてもいないような突飛なことを言い出すと、その瞬間にプレイヤーの気持ちが離れてしまうんですね。そういったことは、自分で主人公を操作するがゆえに起こることなんですが。

田中 ええ。

草木原 なので、『Echoes もうひとりの英雄王』の主人公は最初はあまり世の中がわからない状態からスタートして、頑張ったり努力した結果として頼もしい仲間を得ていきます。その過程を物語の中で体験してもらうことで、プレイヤーに共感や感情移入をしてもらえるような流れを大事にしています。

田中 物語というのは極端な言い方をすると、主人公が宝探しの旅に出かけるというのがエンターテイメントとしては王道ではないかと思うのですね。要するに、主人公が旅立って、仲間を集めながら最後に宝を手に入れる。その宝というのは剣であったり「西遊記」の場合はありがたいお経であったり、「指輪物語」の場合は、指輪を捨てることによって世界の平和が得られるという、それが宝物だったりするわけですね。「指輪物語」は、普通何かを手に入れることによって物語が完結するところを、あるものを捨てに行くというのが目的なので、やはりひとひねりしてあるというところが、物語としての出来の良さだろうと、まあ、偉そうに思うわけですが(笑)。

草木原 僕はちょっと俗物なんで、あれはやっぱりもったいないって思っちゃうんですけど。

田中 そこでは誘惑と戦わなきゃならない、そういう葛藤が生まれるんですよね。

草木原 また、『Echoes もうひとりの英雄王』の世界では、神様的な立場にいるのが、人類文明の前に栄えていた竜族の生き残りという設定があって、魔法はその竜族によって人にもたらされた技術という扱いになっています。才能は必要だけど、使える者は多いという状態ですね。「アルスラーン戦記」の世界では、魔道は主だった存在ではないようですね。

田中 ええ。蛇王ザッハーク(※17)の系統に属する、どちらかというと悪の技術にしています。

※17:「蛇王ザッハーク」
「アルスラーン戦記」に登場。パルス王朝が誕生する以前、1000年にわたって地上を支配した魔王。両肩に蛇を生やしている姿から蛇王と呼ばれる。宝剣ルクナバードの力で封印された。(イラスト・丹野忍)

草木原 「アルスラーン戦記」の世界では、魔道はザッハークに教わっているのでしょうか?

田中 ザッハークから直接学ぶということではなく、尊師(※18)が受け継いでいる技術を教えてもらう形ですね。作品内では書いていないのですが、尊師を凌ぐような技は教えないという自己設定もあります。

※18:「尊師」
蛇王ザッハーク復活を企む魔道士。

キャラクターの役割

草木原 エンターテイメントとしては魅力的なキャラクターというのは必要不可欠だと思っていて、主人公の周辺を固める登場人物は特に重要な存在だと思っているのですが、「アルスラーン戦記」の味方や敵などのキャラクターはどのように生み出されたのでしょうか?

田中 あれは、ゲームや講談の影響も受けているんですよね。ゲームだと勇者や魔法使いなど、そのグループの中に役目を背負った人がいますよね。やはり、強いキャラクターだけが10人いてもちょっとしたトリックで負けてしまうことはあるし、どうみても弱いキャラクターが敵の領土を遮断したりすることによって勝ったりする、その辺りの駆け引きが面白くなるようにキャラクターを出しています。現実はともかくとして、やはりエンターテイメントで面白いのは戦闘ですから、ああ、また殺しちゃったなと思いながらもお話を書いているわけです。

草木原 『Echoes もうひとりの英雄王』の場合は、元となる『ファイアーエムブレム外伝』がありましたので全体の配役は最初から決まっていました。ですが、もう少し細かく作りこもうと全体を見直してみたときに、主人公の1人であるアルムたちの初期メンバーに女性が少ないと思ったのでエフィ(※19)を追加し、それに対をなす形でもう1人の主人公のセリカたちの仲間として、コンラート(※20)という仮面のキャラクターも追加しました。オリジナル版に足りないと思ったものを補った感じですね。また、全体を通して主人公と対決していく敵キャラクターが不可欠と思い、アルムのライバルとしてベルクト(※21)というキャラクターを登場させています。

※19:「エフィ」
『Echoes もうひとりの英雄王』に登場。アルムが育ったラムの村の幼なじみ。アルムを慕ってソフィア解放軍に参加する。「村人」から「ソシアルナイト」「ペガサスナイト」「魔道士」「シスター」に転職可能。
※20:「コンラート」
『Echoes もうひとりの英雄王』に登場。セリカの危機を救い、運命に翻弄される彼女をはげます仮面の騎士。
※21:「ベルクト」
『Echoes もうひとりの英雄王』に登場。プライドの高い貴族主義者で次期皇帝候補。アルムを見下している。

田中 魅力的な敵キャラクターが存在すると、物語はさらに面白くなりますね。

草木原 主人公と対決することで、話をぐいぐい引っ張っていってくれますね。そういう意味で「アルスラーン戦記」ではヒルメスが恰好よかったです。でも、一番可哀想だった人も彼のような気もしました。

田中 はい。ヒルメスはチュルク(※22)にいる3年間だけは愛する奥さんと静かに暮らしていたので、奥さんが生きていたらまた違う話になったでしょうけども。

草木原 そうですね。ダリューン(※23)も言っていましたけど、確かに内心では死に場所を探すような人生だったのかな、という気がします。でも、死に場所を探す過程でずいぶん人に迷惑かけてるな、とも思います。

※22:「チュルク」
「アルスラーン戦記」に登場。パルスの東方にある山岳国家。厳しい山に囲まれた盆地にある。気候は厳しいが鉱物資源により国は豊か。
※23:「ダリューン」
「アルスラーン戦記」に登場。アルスラーンに付き従うパルスの武将。黒い甲冑に真紅の裏地の黒マントを身にまとい、黒毛の愛馬を駆る黒衣の騎士。「戦士のなかの戦士」と異名を持つ。(イラスト・丹野忍)

田中 そのあたりはやはり根が王子様なので、なかなか下々のほうまでには考えが及ばないですね。それと、王家の血を引くという意識が強すぎて、自分は正統=正義でその正義に逆らうのは悪だと思っているからそのあたりは容赦しないんですね。戦場で略奪行為を行った部下を自ら斬って処罰していたりもしますから、普通に育っていればそれなりに名君になったのではないかと思うんです。それがあのような性格になって流転の人生を送ってしまったのは、ひとえに作者がひねくれ者だからです。悪いねと思いながらも、はい。

草木原 ヒルメスは筋の通った悪役だと思っています。ベルクトもヒルメスと似たところがあって、リゲル帝国の次期皇帝と周囲から目される存在で、人気もあり、優秀であるがゆえに非常に高いプライドをもっていて、そのために最後は悲劇的な結末を迎えてしまいます。

田中 ヒルメスは堂々とした死に方をさせなければいけないのでちょっと殺し方に悩みましたね。ということで、ありがちだけれどダリューンとの一騎打ちになりました。


台詞へのこだわり

草木原 作中には格好いい台詞や表現が数多く出てきますが、そういう表現はどのように考えられているんでしょう? 僕が『Echoes もうひとりの英雄王』を作ったときは、自分ではなかなか思いつかないのだけれども、流れ上言わせたい台詞のイメージはところどころあって、シナリオ担当者に「こういう感じのセリフが欲しいんだけどどうだろう」と相談して、出してもらうことが多かったのですが。

田中 そんなに意識はしていなかったんですけども、普通のことわざなんかをちょっとひねると、全然違った印象で出てくるんですよね。例えば、四分五裂を、五分六裂と書くだけで、ちょっとイメージが変わってくる。あるいは、動物に例えるとしても、ブルドッグに似ていると直接的な表現ではなく、「食事をしていないブルドッグのような」とすることで、飢えていることによって乱暴になっている。そういったところを感じ取ってもらえればなと思いながら書いてました。

草木原 『ファイアーエムブレム』シリーズで筆を振るってきたシナリオ担当者も、辛い場面を本当に泣きながら書いている人がいたり、ぜんぶのキャラクターになりきって本人の気持ちで書く人がいたりするので、ほんとうに人それぞれですね。


食べ物で描く風土

草木原 田中先生の書かれる作品では、食べ物がすごく美味しそうに描かれていますよね。

田中 ああ、それはどうも恐れ入ります。

草木原 「アルスラーン戦記」でも、いろいろな登場人物たちがすごく美味しそうに葡萄酒を飲んでいるじゃないですか。自分の中にその影響もあったからだと思うんですが『Echoes もうひとりの英雄王』を開発していたときに、世界観をもっと掘り下げたいと思って葡萄酒というアイテム(※24)を出したんですね。もちろん、未成年は飲んではいけない物ですので、設定上成人しているキャラクターしか飲めないようにしていたんです。ですが、最終的にはヨーロッパ版の規制などがあり飲むことはできなくなってしまって。

田中 それはそれは。

草木原 なので、ダンジョンの途中にある女神の祭壇にお供えすると味方の体力がいつもより多く回復できる、というアイテムにしました。水質が悪いところでは水の代わりに葡萄酒を飲むことがあるということを描きたかったんですが、それができなかったのはちょっと残念でした。アルコールは人類の歴史上切り離せないものだとは思っているんですが、なかなか厳しい時代だなあ、などと思います。

田中 私はもうアルコールは全然飲まないです。半分は医者にとめられているからですけど。だから、クバード(※25)なんかには代わりに好きなだけ飲んでもらいました。(笑)

※24:「葡萄酒というアイテム」
『Echoes もうひとりの英雄王』に登場。お供え専用。バリエーションとして「ラムの葡萄酒」も存在する。
※25:「クバード」
「アルスラーン戦記」に登場。パルス軍最年長の将軍にして酒が大好きな隻眼の偉丈夫。何かにつけて大きなほらを吹くためつけられた「ほら吹きクバード」の異名すら自慢に思っている。


草木原 葡萄酒をナピードと読むのも、ペルシア(今のイラン)の言葉のイメージですか?

田中 あれは、ペルシア語の読みそのままです。

草木原 あ、そうなんですね。ペルシア語辞典のようなものを参考にされたのでしょうか?

田中 今は有るようですが、執筆開始当時には辞典のような物は無かったですね。

草木原 では、どうやって名称などを決められていたんでしょうか。

田中 ペルシア関係の本は日本には数えるほどしかなかったので、それを全部買って読んだんです。その中に注釈としてナピード=葡萄酒など書かれていたんですね。平凡社の東洋文庫にはずいぶんお世話になりました。ペルシアを舞台にしたアメリカの童話のような物も読みましたけども、その中にはイスラム化したペルシアしか書かれていませんでした。資料として読んだ本のうち、参考にしているのは全体の三分の一ぐらいでしょうか。

草木原 そういえば、風景の美しさも特徴的だと思っています。パルスの豊かな景色が浮かんでくるような文章表現だと思いながら読んでいました。

田中 ペルシアは広いだけに、気候とか植生が非常に広範囲にわたるんですね。例えば、カスピ海に面したあたりはもう雨も豊かに降るし、温暖でお米やお茶がとれるんですよね。

草木原 そうなんですね。それが自分の中でイメージしていたシルクロードの景色と繋がらなくて、なんというのか一致するのにかなり時間を要しました。

田中 それと、これは書き始めたころは全然知らなかったんですが、テヘランのあたりでは冬には雪が降って、雪かき作業が大変だみたいなことをものの本で知ったりして、最初から知っていたらこれも使えたのにと、ちょっと悔しい思いをしたりもしました。

草木原 「アルスラーン戦記」で描かれるパルス以外の諸国の自然描写もかなり印象に残っています。読んでいて、チュルクの気候は、僕には住みにくいと思いました。

田中 あれは、今の国で言うとキルギスのあたりになります。チベットまでは行かないで、その手前のパミール高原、過去の国名で言うとエフタルのあたりなので、チュルクと言うよりエフタルのほうが国名としては良かったかなと、今になって思います。

草木原 ちなみに、マルヤム(※26)はどこの国のイメージだったんでしょうか?

田中 マルヤムは、落ち目になったときの東ローマ帝国です。ですから、基本的にギリシア文化ですね。第4回の十字軍はエルサレムには攻めていかずに、東ローマ帝国コンスタンチノープルを放火・略奪していったんですが、そのイメージで、ルシタニア軍が同じイアルダボート教を信仰する国であるマルヤムを攻め滅ぼしたというお話を作ったんです。

草木原 なるほど。位置的にギリシアとかルーマニアなのかなと思っていたので、今、すごく納得がいきました。

田中 小説としては、実際に存在する地形をちょっと狭めて、一つの物語の中におさまるように、まあ、スケールダウンさせたんですけども。

草木原 本当に、国ごとにいろいろな特徴がでていて面白かったです。参考にさせていただきます。

※26:「マルヤム」
「アルスラーン戦記」に登場。パルスの北西に位置する国。古い文化を誇るが土地がやせており、さしたる産業もない。

キャラクター同士の恋愛について

草木原 『ファイアーエムブレム』シリーズでは、ある程度お客さんの意思でキャラクター同士の親密度をコントロールできるものがあります。『Echoes もうひとりの英雄王』でも採用しているのですが、男女のキャラクターを近くで一緒に戦わせていると、その2人がどんどん仲良くなっていくんですね。一部のタイトルでは結婚して子供ができるシステムが搭載されているものもありました。そういう、いろんな組み合わせに対応をすることにより、お客さん毎に違ったストーリーが楽しめるようになっています。

田中 ああ、なるほど。

草木原 実は『ファイアーエムブレム外伝』は、いろいろなものが対称性をもっているというか、2つセットで作られています。例えば南にソフィア王国、北にリゲル帝国というのがあって、それぞれちょっと女性的な面と、男性的な面の特徴をデフォルメして入れ込んだような国になっているんです。

田中 はい。

草木原 ソフィア王国は女神(※27)の守護する豊かな土地で、ただ、豊かすぎるが故に人間が堕落してしまう。で、リゲル帝国は戦いの神(※28)が守護する厳しい土地で、厳しさ故に人間から優しさが失われていってしまう。どちらも少しずつ足りない物があるんです。それが、あることをきっかけにしてリゲル帝国がソフィア王国に攻め込んだというところで物語が始まるんです。

田中 そうなんですね。

※27:「女神」
『ファイアーエムブレム外伝』『Echoes もうひとりの英雄王』に登場する、愛と豊穣の女神ミラ。南部ソフィア王国の守護者。生き物たちが自由に遊び戯れる楽園を夢見たが、人々は豊かさにおぼれてしまう。
※28:「戦いの神」
『ファイアーエムブレム外伝』『Echoes もうひとりの英雄王』に登場する、力と闘いの神ドーマ。北部リゲル帝国の守護者。人々に堕落を許さない強さを求めたが、人の心からは優しさが失われていった。現在のドーマ教の司祭はジュダ(イラスト)が務める。

『Echoes もうひとりの英雄王』バレンシア大陸マップ(上:リゲル帝国、下:ソフィア王国)


草木原 で、その『ファイアーエムブレム外伝』というのは、実はこっそりと落ち延びさせられたリゲル帝国の王子とソフィア王国の王女の2人が主人公なんです。その2人が戦乱を収めるために旅立つんですが、途中でそのルートが完全に2つに分かれてしまい、距離をおいた状態で互いを想いながら戦争の道を突き進んで、最後の最後にようやく合流して、お互いがお互いを補い合い、事件が解決する、というストーリーなんです。そのあたりの流れは、「ロミオとジュリエット」がモチーフになっているという話を当時の資料で見たことがあります。

田中 あー、なるほど。

草木原 あとは、男と女についてもテーマだったそうです。ファミコンの容量ではテキストの絶対量が少なかったため、そのテーマを回収できたのかは、わからないところもあるんですけども。ちなみに、最初から自分の出自を知っているのはセリカというヒロインだけで、アルムは終盤まで自分の正体を知らないんですね。だから彼の物語は最終的には貴種流離譚になるんですけど、最初はただ単に平民が成り上がっていくという物語に見えます。

田中 僕の作品では逆に、「ロミオとジュリエット」のような関係というのはなかなか出てこないですね。敵と味方との恋愛だと両者とも裏切り者だと思ってしまうんです。戦友同士が同じ目標に向かって手を携えていくというのが、僕の場合、恋愛のかわりといっていいでしょうね。今まで恋愛なんていくつくらい書いたんだろう。例えば、ギーヴ(※29)とファランギース(※30)の関係は恋愛かと問われると、あれはストーカーじゃないのか? なんてひどい答えになりますよね。

草木原 あれは、ファランギースがまったく相手にしてないだけで、ストーカーですよね。おそらく。

一同 (笑)

※29:「ギーヴ」
「アルスラーン戦記」に登場。旅の楽師を自称し楽器を扱ったり作詞なども嗜むが、剣や弓の扱いも一流。地位によってではなく、自らの意思でアルスラーンの力となる。常にファランギースの気をひくことを忘れない。
※30:「ファランギース」
「アルスラーン戦記」に登場。アルスラーンに忠誠を誓うパルスの女将軍。本来の身分はミスラ神殿に仕える女神官。剣の腕前に加え、弓と馬術は神技の域に達している。自他ともに認める「絶世の美女」。

英雄や王の資格と物語について

草木原 『Echoes もうひとりの英雄王』に限らず、多くの場合、英雄というのは主人公で、感情移入する対象として読者やプレイヤーを裏切ってはいけないのは当然として、普通の人間ならばこんな状況に陥ったら挫けるだろうという場合でも、誰かを信じ続けるとか、挫けずに前を向いて進むとか、そういう意思、内面の強さを見せてくれることも必要だと思っています。人間というのは、そういう人を眩しく感じて惹かれていくんじゃないでしょうか。あとは、プレイヤーに自分もこうなりたいと思われるとか。だから、この人について行きたいと思えるようなキャラクターを描くことができれば、周りの仲間たちもおのずと輝いてくるんじゃないかと。突飛な行動をすることではなく、絶望的な状況に陥ったときでも、ほんとにちょっとでいいので魂の輝きというか、高潔なところを見せてほしいと思ってます。そういう人が英雄なのだと思っています。

田中 「アルスラーン戦記」に関して言えば、これは西洋の騎士道小説の影響ですけども、王様っていうのはなにもしていないんですよね。「アーサー王伝説」でも聖杯探求に行くのは円卓の騎士たちで、アーサー王は帰ってきた者の報告を聞くだけという立場です。だから、本当はもっと何もしないはずだったんですが、さすがに、物語の主人公として今の時代には受け入れられないだろうということで、とにかく一生懸命やっているもんだから、周りの人間が彼を助けてあげようと思うようなタイプのキャラクターにしました。

草木原 みんなアルスラーンのことを試しますよね。こう言ったらどう返してくるのか、という反応を見て、普通ではない返しを受けて、周りを意外に思わせたり痛快に感じさせた結果、やっぱり器が大きい、アルスラーンはいい、みたいなことを思ったり。そういうところが丁寧に描かれていて、彼らの絆が構築されていく変化の様子が楽しかったです。彼らがアルスラーンについて行くのは王家の血統ではなくて、王としての器とか資質に惚れ込んでいるからというのが、すごく伝わってきました。

田中 ナルサスを口説くときに、どう言わせようかというのでずいぶん悩みましたね。

草木原 田中先生ご自身は世襲に批判的な立場だと思っているんですが、作品中では、アルスラーンも周りからは早く結婚して跡継ぎを作ってほしいと期待されていました。世襲の本質はそこかなと思っていて、どうしても周囲は先代と同じような人格を期待して望んでしまうのだけれども、いつのまにかその血を継いでいること自体が大切なことになってしまって本質がずれていくんだろうなということが、なんだか伝わってきました。

田中 はい。

草木原 僕は、そうなったときに、忠誠心とは何だろうと考えさせられました。「アルスラーン戦記」のパルスの十六翼将(※31)はアルスラーンの掲げる理想に賛同していて、けっして血統についていってるわけではなく、その反面が、カーラーンやザンデ(※32)なのではないのか、という感じがしました。価値観が違うだけで、求めているものは同じということになるでしょうか。

田中 そうですね。正統な血筋の王が治めるべきだというヒルメスの考えに同調するというか、今まで王家に忠誠をつくしていた分余計にそれが強くなって、それを妨げようとする者は許せない、そういうふうになったんだと思います。

※31:「パルスの十六翼将」
「アルスラーン戦記」に登場。パルスの王都を解放したアルスラーンの臣下16名を称賛する呼び方。軍の階級とは別。
※32:「カーラーンやザンデ」
「アルスラーン戦記」に登場。カーラーンは、パルス王家の血を引くヒルメスを正統の王としてパルスに迎えるため、パルス軍を裏切ってルシタニア軍に通じる。ザンデはカーラーンの息子として、同じくヒルメスに仕える。


草木原 王家の血統と王としての器とか資質の関係にもあてはまりますが、『ファイアーエムブレム』などの戦記物を作っていくときに、自分の側は正しいことをしていると思っているけど、相手側も正しいことをしていると信じているケースがありますよね。そういったものを俯瞰して見られる視点が、戦記物を作る時のポイントだと感じています。全体を等しく見ているから、一方だけご都合主義的にならない、そういう厳しさみたいなものがいるのかなと思っています。

田中 はい。

草木原 で、そうやって世界を構築していくことが、深みを作るというか本当にあるんじゃないかと思える世界を作り上げていくと思っています。読み手を夢中にさせて、深く考え込みたくなる世界を作る挑戦は、僕のほうもおこなっていきたいです。


今まで読んできた物語

草木原 子供のころや学生時代にはどのような物語を読まれていたんですか?

田中 子供のころはわりかし普通ですけどね。「西遊記」に「十五少年漂流記」、あとはそうですね、小学生の終わりのころにはジュール・ヴェルヌ(※33)の作品はほとんど全部読んでいました。それとミステリーものですね。中学生になったら吉川英治の「三国志」を読んでいました。とにかく、日常的な話っていうのが嫌いだったんですよ。要するに、先生に叱られたり、親に反発したり、テストの成績が悪かったり、給食がまずかったので残したりなんていう話は、現実に経験してるから、なんでそんなものを本の中で再体験しなきゃならないのかと思っていました。

※33:「ジュール・ヴェルヌ」
フランスの小説家。1828年~1905年。代表作『月世界旅行』『海底二万里』等。

草木原 日常的なものがお嫌だというのは、わかる気がします。僕も物語に入り込むタイプなので、作中で主人公が怒られていると自分が怒られている気分になって、どうしても不快になってしまいます。そういうのは、あんまり読まなかったですね。

田中 ああ、そうですね。

草木原 僕も小学生のころはジュール・ヴェルヌなどの冒険小説を中心に読んでいました。ただ中学校にあがったときからだいぶ偏ってきて、表紙がアニメっぽい文庫本ばかり買うようになったんです。で、中学生になって一番最初に手に取ったのが、当時徳間書店のアニメージュ文庫で首藤剛志(※34)さんが書かれていた、TVアニメ「戦国魔神ゴーショーグン」(※35)のスピンオフ小説「またまた戦国魔神ゴーショーグン 狂気の檻」という作品でした。ゴーショーグンというロボットはまったく出てこないし、ゴーショーグンチームのメンバーも洗脳されてしまい、謎の惑星で変な暮らしをする話なんです。

田中 はいはい。

※34:「首藤剛志」
1980年代~2010年代、多くの人気アニメ作品に携わった脚本家・小説家。2010年10月逝去。
※35:「戦国魔神ゴーショーグン」
1981年TV放送のロボットアニメ。男女3人組のパイロットたちの軽快なアクション&セリフ回しと、深い物語性が特徴。

小説「またまた戦国魔神ゴーショーグン 狂気の檻」


草木原 で、その作品は天野喜孝さんのイラストとあいまって、ものすごい不思議な雰囲気になってたんですね。それでちょっと、ガツンとやられてしまって、ずっと首藤剛志さんの作品を買っていました。そういえば、田中先生も「戦国魔神ゴーショーグン」のファンとお聞きしたことがありますが。

田中 あれは、いい意味でも悪い意味でもひねくれた作品で性に合いましたね。そのあと、夢枕獏(※36)さんとか菊地秀行(※37)さんなどが出て来られて、菊地秀行さんの「吸血鬼ハンターD」を最初に読んだときに、こういう作品を書く人が日本にいるんだ、というのと、こういう作品を書いても、出してくれる出版社があるんだというのを強く意識しました。

草木原 僕も「吸血鬼ハンターD」シリーズはすごく読んでいました。「貴族」と呼ばれ人類を支配している吸血鬼たちの作り上げた社会インフラがボロボロになって草ぼうぼうになっているような退廃的な雰囲気と、超テクノロジーで生み出された超常生物が跋扈している超未来感が合わせて存在するところがすごく好きでした。

田中 シリーズはまだ続いてますからね。もう50冊近いんじゃないでしょうか。一貫して変わりがないのがすごいなと思ってます。

※36:「夢枕獏」
代表作に「陰陽師」シリーズ、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」等。さまざまなジャンルで活躍する。
※37:「菊地秀行」
代表作に「吸血鬼ハンターD」シリーズや「トレジャー・ハンター八頭大」シリーズ等。


草木原 田中先生は漫画も結構お読みになっていらっしゃいますよね。

田中 そうですね。歳のせいかだんだんとついて行けなくなってきましたけども漫画は相当読みました。最盛期のころの週刊少年チャンピオン(秋田書店)はすごかったと、今でも思います。

草木原 何年ごろのお話でしょう?

田中 年代で言うと1970年代ぐらいですかね。「がきデカ」(※38)、「ブラック・ジャック」(※39)、「ドカベン」(※40)なんかが一緒に載っていたころです。

草木原 「マカロニほうれん荘」(※41)なんかも載っていましたね。

田中 はい。最近、イチローや大谷翔平選手の活躍を見ていると、なんか現実の野球がだんだん水島漫画に近づいているような気がします。

※38:「がきデカ」
山上たつひこのギャグマンガ。少年警察官(自称)が主人公。
※39:「ブラック・ジャック」
医師免許を持たない天才外科医、通称「ブラック・ジャック」が主人公。手塚治虫の代表作の一つ。
※40:「ドカベン」
野球マンガの第一人者、水島新司の代表作。
※41:「マカロニほうれん荘」
鴨川つばめ著のギャグマンガ。


草木原 僕の漫画遍歴はちょっと変わっているかもしれません。姉と妹がいたので家にはいつも少女漫画があふれかえっていました。それを読んでいる一方で、1970年代から1980年代の劇画ブームの影響で父親の本棚には小池一夫(※42)さん原作の劇画がいっぱいあったんです。それを親が留守のときにドキドキしながらこっそり読んでいたので、いろいろ入り混じっている感じになってます。

田中 大学時代の下宿の隣の部屋にも姉と妹に挟まれたサンドイッチ型の学生さんがいて、お姉さんや妹さんが読んでいる本を持ち込んでいたんです。僕もそれを読ませてもらって萩尾望都(※43)さんなんかを知ったんですね。それを読むまでは少女漫画というジャンルを頭からバカにしていたけど、とんでもない思い違いだったことを知りました。

草木原 情感に優れているというか、感情を中心に話が進むんですよね。必殺技などは決して出てこないし、たいていの問題は力では解決しません。それ故に優れているものがあるような気がします。女性作家の描くものって、男には描けないだろうなって感じますね。

田中 ああ、そういうのはありますね。

草木原 「テルマエ・ロマエ」(※44)を描かれた方も女性でしたし。

田中 あれはもう絶対男性漫画家には描けないですね。日常レベルのところで異文化衝突の有様がよくわかるというすごい作品でしたね。

※42:「小池一夫」
映画やドラマにもなった「子連れ狼」(画・小島剛夕)等、数々の漫画・劇画の原作を手がける。
※43:「萩尾望都」
「ポーの一族」、「トーマの心臓」等、耽美で幻想的な作風で少女漫画界を代表する漫画家。
※44:「テルマエ・ロマエ」
古代ローマの浴場設計技師が現代にタイムスリップする、ヤマザキマリの漫画。

エンターテインメント作品の楽しみ方

草木原 実は、僕は高校のころに文筆業を志望しはじめて、専門学校に上がったころに小説を書き始めたことがあったんです。世の中の仕組みをよくわかっていなかったので、社会派のようなものを書くことはできず、かといってファンタジーを書いたらちょっと負けだなと思うタイプのひねくれ者だったので、そういったものも書かず。それで、それまで避けていた青春ものを書いて集英社の「Cobalt」(※45)という雑誌に投稿を始めました。結局、三次選考まで残ったのが一回ぐらいで、受賞したことはありませんでしたが。

田中 なるほど。

草木原 ちょうどそのころ、田中先生が富士見書房(現:KADOKAWA)の「ドラゴンマガジン」で長編小説大賞の選考委員(※46)をされていたんです。結果発表のときに「どうやったら小説家になれるかよく聞かれるが、小説家というのは今日から名乗ったらそうなるのである」というようなコメントを述べられていたのですが、そのことは覚えていらっしゃいますか?

田中 覚えてないですね。今まで、どれほど無責任な発言をしてきたのだろうかということですね(笑)。

草木原 そのコメントをはじめ田中先生は辛口な文章で語られていることが多かったので、きっと気難しい人なのだろうと勝手に思って、今日の対談が決まったときにはかなり緊張していました。お会いしたときに考え違いとわかってホッとしています。

田中 それはよかったです。

※45:「Cobalt」(コバルト)
少女向け文芸誌。「コバルト・ノベル大賞」などで新人の発掘も行っていた。
※46:「選考委員」
「ドラゴンマガジン」にて、ファンタジア長編小説大賞の選考委員を第1回(1989年発表)から第7回(1997年)まで務めていた。


草木原 そうこうしているうちにゲーム業界に踏み込んでしまったので、小説の道は諦めてしまいましたが、田中先生の書くお話は昔からすごくエンターテイメント性にあふれていて、組み立ても巧みですごいと思ってました。

田中 読んで感動するような小説は書きたくないなと思っていたんですよ。面白ければそれでいい、といってしまうと極端で、僕には僕なりのこういうのは書きたくないというのはありますけども。やっぱり、なんのために本を読むのかというと、現実の世界と違う世界を体験したいからじゃないのかと思うので、そういう作品ばっかり書いています。ですから、失恋とか、失業とか、痴漢えん罪とか、そういうのは自分自身で経験してもらえればと思いますね。最後のはちょっとひどいかな(笑)。

草木原 ゲームだと失恋や失業は体験できなくはないですが、続きが見たいっていうぐらい盛り上げられないとなかなかそちらのお話は難しいですね。恋愛ゲームはあっても失恋ゲームというジャンルはまだありませんし(笑)。

── 田中先生、最前線で活躍するクリエイターの方たちにこうして影響を与える作品を生み出してきたことについては、どのようなお気持ちでしょうか?

田中 とても不思議な感じですね。

一同 (笑)

草木原 今回お聞きした世界の作り方は、今後ぜひとも参考にさせていただきたいです。

田中 それはどうぞ。参考などとおっしゃらずに、いくらでも好きにお使いください。

草木原 ありがとうございます。田中先生には本当に大きな影響を受けてきていますので、自分がすごく悩んだ結果思いついたものが実は本当に思いついたものではなくて、昔読んだ面白いものを思い出しただけなのではないか、と思うことがあります。

田中 それは本当にそうです。ゼロからは生まれないですよね。昔、ほんの子供のころに読んでいたものが何百何千と集まってきて、一つの鍋の中に混沌として煮えたぎっているものの中から、ひとすくいすくって。というのが、物語の作り方のように感じています。

草木原 「アルスラーン戦記」1巻の後書きの中で「さまざまな作品の要素をまぜあわせて、おもしろい味のスープができないものか」と仰っていましたね。

田中 はい。物語を作るとはそういうことだと思っています。

草木原 田中先生の作品がさまざまな作品を混ぜ合わせたスープなら、自分が作るものは、旅先で出会った美味しかったものの味を思い出して作ったスープ、と表現できると思います。ディレクターごとにポイントはさまざまだったりするのですが、僕個人が『ファイアーエムブレム』シリーズを作るうえですごく大事だと思っていることは、大河戦記物として命を軽く扱わないようにすることです。やはり失われた命は戻らないからこそ、世界そのものがしっかり骨太なものになるんだと思っています。そういったものを今後も描いていくつもりです。

田中 偉そうに言える立場ではないんですが、頑張ってください。

草木原 ありがとうございます。励みになります。

── 最後に、この対談を読んでいる『ファイアーエムブレム』シリーズや田中先生の作品のファンの方々に向けて一言お願いします。

草木原 『Echoes もうひとりの英雄王』が発売されてから、およそ1年になります。その間に、すごく暖かいお手紙を頂いたりとか、たくさんの人に楽しんでいただけて本当にスタッフ一同喜んでおります。励みになっておりますので、どれとはまだ言えませんが、今後作るものもかなり頑張っていきますのでよろしくお願いします。

田中 とにかく現実には体験できないことを体験してもらう。そのために小説を読んで、ゲームを遊んでいただければと思います。『ファイアーエムブレム』シリーズにしても、僕の作品にしても、現実の世界とは違う別の世界を作っているんですから。それを思いっきり楽しんでいただければ、もう、それ以上のことはありません。


<関連リンク>

『ファイアーエムブレム Echoes もうひとりの英雄王』

「有限会社らいとすたっふ」


(C) 2017 Nintendo / INTELLIGENT SYSTEMS
(C) 2012 Nintendo / INTELLIGENT SYSTEMS
(C) 1992 Nintendo
(C) 荒川弘・田中芳樹/講談社
(C) 田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリー(C) 加藤直之

トップへ戻る