[特別企画]『ドラゴンクエストXI』内川毅 ×『モンスターハンター:ワールド』徳田優也 同世代ディレクターが語る「モノづくりの原点」

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●これまでに影響を受けたゲームたち その1

―― 徳田さんが影響を受けた上で外せないゲームは何でしょうか?

徳田 ひとつあげるのなら『タクティクスオウガ』です。中学生も後半になると「世の中、ちょっと汚いところがあるんじゃないか」って思ってくるじゃないですか(笑)。そんな流れのなかで、その世界観と選択肢の重みだったりも含めて衝撃的なタイトルでした。

※『タクティクスオウガ』
スーパーファミコンで発売されたシミュレーションRPG(クエストより1995年10月に発売)。ゼテギネア大陸の西に浮かぶヴァレリア諸島で、民族紛争に巻き込まれた主人公が紛争を終結させるまでを描く。その後、さまざまなハードに移植されている。[ニンテンドー3DS バーチャルコンソール][Wii U バーチャルコンソール] ©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

内川 結構やり込まれて?

徳田 はい。全ルート遊びましたし、テキストも全部書き写したし……。システムがまた素晴らしくて。簡単な数値のパラメータで管理されているのに、後ろから攻撃すると当たる確率が50%上がるとか、高い所からだと弓矢が遠くに飛ぶとか、直感的なんですよね。その直感的な部分をちゃんと数字に落とし込んでいるところがスゴイと思って、1ステータスが上がるとどういった変化が起こるんだろうと分析していました。

内川 そんなことまで考えながら遊んでいたんですね。

徳田 最初は単純に楽しんでいたんですけど、そのあと自分でテーブルトークRPGを作るようになって。そのときに、自分の作りたいものを表現するためのシステムの勉強も兼ねてやりこんだ面もあったんです。だからめっちゃ深く遊んでましたね。もう好き過ぎて、プレイステーションで移植版が出るときに、お店の人に「ここで予約するから、店頭に貼ってあるポスターをください」って言いましたから。

―― もらえたんですか?

徳田 はい。それで初めて額縁を買って、そこに入れて飾ってました。で、自分が初めて関わった『モンスターハンターG』が出たときに、その上に『MHG』のポスターを重ねて。そして、さらに今回『MHW』のポスターをそこに重ねました。だから今、家には3枚が重なっているポスターが額に飾ってあります。

―― めっちゃいい話ですね。その3枚が重なっているということは、徳田さんにとってゲームデザイナーの原点が『タクティクスオウガ』ということなんでしょうか。

徳田 まさにゲームデザイナーを目指す決定打を与えてくれたのが、この『タクティクスオウガ』という作品になります。自分の選択肢の重さ、ゲームのインタラクション性が他のメディアよりも一段上の感動を与えられることを教えてもらいました。自分が何かを表現したくなったときに、ゲームというメディアがいちばん発表に値するものなのではないかと思ったんです。

内川 そういった選択肢の重みの面白さとしては、自分は『ロマンシング サ・ガ』の影響を受けていますね。めちゃくちゃハマりました。

※ロマンシング サ・ガ
1992年にスーパーファミコンで発売されたRPG(スクウェア)。境遇の異なる8人の主人公を選び、目的の達成を目指す旅に出る。プレイヤーの選択で物語の進行を変えられるフリーシナリオや戦闘システムなど、その自由度の高さが特徴。[Newニンテンドー3DS バーチャルコンソール]・ロマンシング サ・ガ ©1992 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

徳田 あーそれもわかります。アイスソードは奪いましたか?

内川 全部試しました(笑)。自分の中で『ドラクエ』も『FF』も面白い!って、RPG好きの情熱がてっぺんまで盛り上がっていた時期に、なんか鳴り物入りで発売された感じだったんです。もう当時のゲーム雑誌で事前情報を集めては妄想していたんですが、遊んでみたら想像の上をいっていたという。フリーシナリオにRPGの奥深さを感じたんですよね。さっきの『ドラクエ』と同じように、ゲームの可能性を感じた作品のひとつが『ロマサガ』になります。

●これまで影響を受けたゲームたち その2

―― ほかに影響を受けたゲームはいかがですか? スクエニタイトルが『ドラゴンクエスト』だとしたら、カプコンタイトルなら、例えばこの世代だと小学生の頃に『ストリートファイターII』が大ブレイクしています。

徳田 ですね。ゲームセンターに行きまくりました。

内川 僕はスーパーファミコンで遊んだんですが、もう小学6年生の記憶は『ストII』しかないですよ。

一同 (笑)

ストリートファイターII ©CAPCOM U.S.A., INC. 1991, 2014 ALL RIGHTS RESERVED.

内川 田舎だったので、ゲームセンターみたいな社交場がそんなになかったんですね。だからこそ、ファミコンとかスーファミのような家庭用ゲーム機は本当にエポックな存在でした。毎日学校が終わったら、友達を家に呼んでずっと対戦していました。
『ストII』のときから感じていたんですが、カプコンのアクションゲームは、本当に駆け引きの部分が完成されていますよね。そして、そのゲームを作る上で大事にしている秘伝のタレのようなものが今も脈々と受け継がれているように思います。ジャンルは違いますが、その集大成のひとつが『モンスターハンター』だと僕は思っているんです。だから、そのルールやテイストがあの頃から確立されているのは、本当にすごいことだと思うんです。

徳田 僕も格闘ゲームはアクションゲームの大元というか、駆け引きの大元のようなところがあるなとずっと思っていました。で、僕自身は『ストII』もめちゃくちゃやりましたけど、『ヴァンパイアハンター』をそれ以上に遊んだんですね。なぜかといえば、そのゲーム性の良さとキャラクター性の両方が高い次元で結びついているからなんです。
カプコンの強みのひとつはキャラクターを作ることだと思っているので、キャラクターを人間じゃないものにすることによって尖らせた『ヴァンパイアハンター』は、いちばん好きなタイトルのひとつです。

※ヴァンパイアハンター
1995年3月にアーケードで稼働したカプコン開発の2D格闘アクション。『ヴァンパイア』シリーズの2作目にあたる。

―― 初代でも『セイヴァー』でもなく、藤岡さんに気を遣っているわけでもなく。

徳田 ゲームバランス的に『ハンター』がいちばん好きだったんですよ。で、むしろ藤岡さんが作っていたっていうから、嬉しくて対戦したんですけど……見事勝ちました! カプコンにいると作っていた人と遊べる機会が多くて嬉しかったですね。

※藤岡さん
藤岡要さん。カプコン所属のクリエイター。デザイナーから初代『モンスターハンター』でディレクターとなり、その後全シリーズで活躍。シリーズの生みの親のひとり。『MHW』ではエグゼクティブディレクター兼アートディレクターとして携わる。

徳田 ゲームデザイナーを目指す上で、僕がカプコンに入社した理由のひとつがアクションゲームのノウハウを身につけるならここだろうと思ったからなんですね。それはカプコンが、内川さんが言ってくださったような格闘ゲームから引き継いでいる秘伝のタレみたいなものを持っているんじゃないか? と思ったからなんです。そうしたら『モンハン』チームが旧格闘ゲーム部署の流れを組んでいる場所だったという。だからもう入ったときからすごく水が合いました。

内川 すごく腑に落ちる話です。

―― ちなみに、オンラインゲーム関係は遊ばれてはいなかったんでしょうか? 学生時代に『ディアブロ』しかり、MMORPGだと『ウルティマオンライン』なども登場していますが。

徳田 PCではやってなかったですね。僕はユーザー時代はPS2で『FFXI』を遊んだのが初めてのオンラインゲームの体験だった気がします。

内川 僕も『FFXI』ですかね。でも、それは『DQX』を作るにあたって、スタッフみんなで研究するために遊んでいた意味合いもありましたが。

※ディアブロ
1997年にBlizzard Entertainmentから発売されたハックアンドスラッシュ系アクションRPG。バトルネットを介して複数人で遊べるMORPG。
※ウルティマオンライン
1997年にサービスが開始された多人数同時参加型のオンラインRPG(MMORPG)の先駆け。Origin Systemsが開発。

―― 内川さんは会社に入ってから、MMORPGの制作のために遊ばれたと。

内川 ええ。『DQX』でシナリオを書いていましたから。

―― MMOのシナリオとスタンドアローンのシナリオの違いはどんなところでしたか?

内川 そこに関してはちょっと『DQX』だと回答が難しいかもしれませんね。MMOでありながらも『ドラゴンクエスト』であるということが至上命題としてあり、それを達成するひとつの要素がシナリオの部分でしたから。スタンドアローンと遜色のないMMORPGのシナリオを書くというところに気を遣っていたという感じでしょうか。

―― なるほど。徳田さんは会社に入ってからは何か遊ばれましたか?

徳田 就職してからということであれば、『ワールド オブ ウォークラフト』にドハマりしました。それまでカプコン社内でブリザードのタイトルが流行っていて、遊んでみたらブリザードの作る世界観とかゲーム性に惹かれていったんです。その発展形として、『WoW』がドカンときたので、オンラインゲームのものすごさを感じたタイトルです。世界の作り方や継続的に遊ばせる仕掛けが巧妙ですし、MMOという制約が多いなかで、操作量を多く要求することで独自のテンポ感、アクション感を作り出していましたよね。

内川 その体験は『MHW』につながっているんでしょうね。

徳田 めちゃくちゃつながってます(笑)。例えば「!」マークでクエストを排出するNPCをわかりやすくしようとか、『MHW』だけじゃなくて、『WoW』は現在のあらゆるタイトルに影響を与えたスタンダードだと思っています。チュートリアルも丁寧ですし、いろいろな意味でいまだに影響を受けているタイトルですね。

※ワールド オブ ウォークラフト(World of Warcraft)
略称は『WoW』。『ディアブロ』などを手掛けるBlizzard Entertainmentが開発・運営している、『ウォークラフト』シリーズの世界観で描かれるMMORPG。2004年サービス開始。
※ブリザード
アメリカにあるBlizzard Entertainment。代表作は『ウォークラフト』シリーズ、『ディアブロ』シリーズ、『スタークラフト』シリーズ、『ハースストーン』、『オーバーウォッチ』。

●人生で最初にハマったもの

―― では、ゲーム以外のもっと原体験までさかのぼって聞いていこうかと思います。まず、子供の頃にいちばん最初にハマったものって覚えていますか?

徳田 さっきちょっと言いましたが、僕は動物全般、とくに爬虫類ですね。もう3歳のときには蛇を振り回していて、近所の空き地とかにいたやつを捕まえては飼っていました。

内川 ちなみにご出身は?

徳田 名古屋です。

内川 名古屋でも蛇とかいるんですね。

徳田 少し都心から離れたところだったんですけど、意外といますよ。サンショウウオも普通に捕まえてました。

内川 すごい! あーでも、そっちのほうにサンショウウオがいるって話は聞いたことがあります。

徳田 僕が捕まえたあとに、「名古屋市内では絶滅した」ってニュースになったりして。「え、別におるのになぁ」とか思ってました(笑)。だから子供の頃は、例えばこの時期になるとここには必ずカニがくるとか、どんどん自分だけの場所を見つけていくのが楽しかったですね。

内川 僕も最初にハマったのは動物だったんですが、インコとかを飼ったりするぐらいで、そんな本格的には捕まえていなかったなぁ。せいぜいイモリとかヒキガエルぐらいですよ。長野の田舎で育ったので環境には恵まれていて、動物はたくさんいましたけどね。今年でさえ、夏に帰省したら町内放送で「熊が見つかりました。気をつけてください」って流れてましたから。

一同 (笑)

徳田 きっと周りにそういった生物が多くいるから、捕まえて飼う感覚があまりなかったんじゃないですか?

内川 それはあるかもですね。例えば田舎でバーベキューをしていると、網にカブトムシが普通に飛んでくるんですが、地元のお婆ちゃんなんかはもう害虫扱いで、箸でピッとつまんでは網から放り投げていて(笑)。子供の頃はカブトムシって憧れの存在だったから、「そんなぞんざいに扱うなよ!」とか思っていました。

―― 東京生まれからすると、カブトムシはお祭りとかで買うものだったりしますから、たくさんいるのはうらやましいです。

内川 あ、でもね、多すぎるのも気持ち悪いんですよ。林の中に住んでいる友達の家とかに行って窓を開けると、屋根にびっしりカブトムシがいたりしますから(笑)。

徳田 ちなみに僕、今もカブトムシ飼ってますよ。毎年孵してます。

―― おお。しかし2人とも動物好きが原点だったんですね。

徳田 そうですね。もう親とか親族もそういったものが好きということに気づいて、動物図鑑とか生物図鑑の類を買い与えてくれました。本当にビリビリになっても足りないぐらい読み込んでいたし、形状や生態なんかも模写していましたね。

内川 わかるわー! 僕も生物図鑑は壊れるぐらい読み込みました。あと僕ら世代だと「わくわく動物ランド」にドハマりしましたよね?

徳田 したした。千石先生!

一同 (笑)

※わくわく動物ランド
動物に関する問題をクイズで出題するTBS系列のテレビ番組(1983年~1992年まで放送)

内川 あと「ウルトラマン」の怪獣図鑑もずっと読んでいました。ほかにも「ゲゲゲの鬼太郎」の妖怪大辞典とか、時間さえあれば眺めていましたね。今思うと、『ドラクエV』のモンスターが好きっていう話は、怪獣とか妖怪が好きだったというのが根底にあるのかもしれないです。だから徳田さんは本物の動物にハマってましたけど、当時の僕はどちらかというと、そういった空想のものだとか、例えば本物でも図鑑の動物の絵を描いたりするほうのが好きだったんですよね。あとは「シルバニアファミリー」っていう……

徳田 動物の人形の!?

内川 そう(笑)。動物好きがこうじて、シルバニアファミリーにハマって集めていました。なんていうか、兄が男の子らしく「ゾイド」とかにハマっていたので、僕は別の物をやったほうが得だろうなと本能的に察していたんですよね。

徳田 でも男の子にしては珍しいですよね。

内川 そうなんです。ただ細かいものが好きで、小さい人形に対しての小さいタンスとかベッド、例えば暖炉なんてスイッチを入れるとフワッと光るんですよ。子供心にそういった細工に惹かれていた部分があります。

徳田 理由は動物というかクリエイティブな面も強い感じなんですね。逆に僕は玩具とかにはあまりハマらなくて、実際の生き物ばっかりでした。捕まえては飼ってを繰り返してましたね。

内川 蛇とかをですよね?

徳田 はい。トカゲとか蛇を捕まえては飼ってましたよ。あ、大丈夫ですからね。こいつはここに毒があるとか、ちゃんと調べてますから。

内川 毒があるのも飼ってたんだ。

徳田 わかってたから大丈夫。……親には言わなかったけど。

一同 (笑)

内川 それ小学生とかですよね?

徳田 幼稚園から飼ってましたよ。小学5年生の頃にはもう外国のトカゲも飼っていましたし。名古屋で初めて爬虫類ショップができた! って聞いたら、すぐに行って買ってもらってました。

内川 蛇といえば、僕の実家にはマムシ酒がありましたよ。子供心に、死んだマムシがお酒に浸かっているのはなんか神秘的で、図鑑を見る以上にわくわくしたのを覚えています。

徳田 なるほど。そういえば僕も名古屋でふと後ろ側の足元を見たらマムシがとぐろを巻いていたことがありました。完全に噛まれる距離だったので、固まって動けなくなって。

内川 その状況はまずいですね。どうしたんですか?

徳田 一瞬の隙をついてバッと動いて、そのまま道具を取りに戻って帰ってきたらもういなかった。逃げられましたね。

内川 つまり捕まえようとしたと(笑)。

徳田 そう。名古屋でマムシを見たのはその時だけなので、珍しかっただけに残念でしたよ。まぁでも、爬虫類は今でもいっぱい飼っていますので、昔からまったく変わってないですね。

マムシ。11月京都府内にて(撮影:今村孝矢)

●今でも爬虫類が大好きで

―― ひょっとして『モンハン』10周年記念のサイトで、徳田さんの写真と一緒に映っている爬虫類は……

徳田 もちろん全部自分で飼っているやつです。小さい頃から自分の部屋には亀とか魚を飼っている水槽が大量にありましたけど、それは今も変わってないですね。

※『モンスターハンター』シリーズ10周年特設サイト[リンク]

内川 そこまでずっと好きだと生物の知識もすごそうですね。『モンハン』のモンスターの作り込みにもすごく納得しました。今は何を飼われているんですか?

徳田 いろいろいますよ。亀とかイグアナとか。特にあまり研究が進んでいないホカケトカゲという種類が大好きで、11年飼っている子もいます。

内川 結構な数を飼っているんですね。全部で何匹ぐらい?

徳田 今は1m越えが5匹と……

内川 1m越え!?

一同 (笑)

―― どうやって飼っているんですか?

徳田 僕の寝室に立体構造の台を入れてそこに水槽を配置して、それぞれ1匹ずつ入れてます。だから僕は部屋の中でギュッと小さくなってます。スペースがほぼない(笑)。

内川 その1mクラスが動き回る水槽は、どのくらいの大きさなんですか?

徳田 120cm×60cm×150cmの温室とかですね。そういう環境で飼いながら一緒に暮らしています。

15年探し続けて先日飼いはじめたという、徳田さんの家のアンボイナホカケトカゲ(スラウェシ島産)

内川 まさに『MHW』のマイハウスだ!

徳田 そうそう。まさにそれをやりたかったんです。

―― めっちゃうれしそうに話しますね。

一同 (笑)

徳田 自分の夢を叶えた感じです。本当は今回ディレクターになったので、企画はしないでおこうと決めていたんですが、その環境生物に関しては捕まえるのも含めてかなり僕がやりました。というのも、ああいう要素は大事なんだけど、結構軽んじられて端にやられる傾向がありますよね。

内川 本筋とは異なりますからね。

徳田 ええ。だから僕が入ることによって「大事な要素ですよ!」っていうのを示すという理由もありました。

内川 つまり原点としては、徳田さんの生き物好きが環境生物を生み出したんですね。

徳田 そのとおりです!

一同 (笑)

マイハウスと環境生物

―― まったくの余談ですが、僕は小学校のときにカマキリの卵を見つけて、学校に持っていったんです。で、全然孵らないから忘れちゃって。ずっと放置していたら何か月か経って教室がカマキリだらけになったことがあります。

内川 それ僕もやりました。机の上に置いていて、机の上だからライトがあるじゃないですか。それで温まったのか、春を待たずに孵化しちゃって、小さいのがわらわらと家中が大騒ぎになりました。

徳田 僕は目の細かい金網で囲んだところに置いて出られないようにしてから枕で温めていました。で、学校から帰ってきたら金網を抜けて出てきちゃっていて、家中がひどいことになりましたよ。

―― なんだ、この世代みんなやってるのか(笑)。

内川 もう、生き物の話だけで対談終わっちゃいそうですね。

一同 (笑)

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